月に囚われた男 【ネタバレ注意】仕組まれた月面引きこもり修行と出たがりAI、その憂鬱と恐怖と災いと


月に囚われた男_poster01

MOON

SF/サスペンス

2010 イギリス

 

監督:ダンカン・ジョーンズ

原案:ダンカン・ジョーンズ        

脚本:ネイサン・パーカー

音楽:クリント・マンセル           

出演:サム・ロックウェル、ドミニク・マケリゴット、カヤ・スコデラーリオ、ベネディクト・ウォン、マット・ベリー、マルコム・スチュワート、ケヴィン・スペイシー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“サム 私よ

 

この前のメッセージ うれしかった

 

会いたいわ 寂しいのよ

 

でも いろんな意味でよかったと思うの お互いに

 

・・・やだ 悪気は無いのよ・・・

 

あなたを誇りに思ってる

 

もうすぐ帰ってくるのね

 

イヴの誕生日プレゼン・・・―――”

 

「! ・・・ガーティ!」

 

動画がスキップして彼はサポートコンピュータを呼ぶ

 

が、すぐに再生される動画

 

“―――・・・おもちゃの小屋なんてどうかしら?

 

一緒に選びましょう 愛してるわ じゃ またね”

 

再生が終わったモニタに そっと手を触れる

 

月面採掘基地に一人きり

 

サム・ベルの3年という孤独な契約期間が もうすぐ終わる

 

 

 

化石燃料が枯渇した地球。が、月の裏側で無害な新エネルギー“ヘリウム3”が発見され、人類は砂漠を緑化できるほどの栄華を誇る。ヘリウム3採掘権を一手に握るのはルナ・インダストリー社。運営する月面採掘基地“サラン”に勤務するのは作業員サム・ベル、ただ一人。3年間の孤独な契約期間がもうすぐ終了という時、彼は基地で不可解なものを目にするようになる。そんな折り、サム・ベルは屋外作業中に車輌事故を起こし失神。採掘基地の診療室で目覚めたサム・ベルは、停止したままの採掘重機車輌を修理しようと現場を訪れる。が、現場で見つけたのは事故車輌と、そこにいるはずの無いもう一人の人間。しかも意識をなくしたその人物は、サム自身とそっくり同じ“姿・顔かたち”をしていた・・・! 採掘基地に隠された忌むべき秘密。おぞましい事実に直面するサム・ベルは・・・

 

原案・監督は本作が長編デビュー作となるダンカン・ジョーンズ。デヴィッド・ボウイの息子として話題にもなった。この作品の後『ミッション: 8ミニッツ』’11という、やはりSF好きなんだなーと思わせる作品を撮っている。本作はハリウッド映画とは比べものにならない500万ドルという低予算、おまけに33日間という短期間で制作されたとか。

 

 

『ミッション: 8ミニッツ』’11_poster
『ミッション: 8ミニッツ』’11
『プールサイド・デイズ』’13_poster
『プールサイド・デイズ』’13

主人公サム・ベルを演じるのはサム・ロックウェル。『グリーンマイル』’99では、死刑囚監房の中でも抜きん出て凶悪な囚人を演じた彼だ。彼の出演作全てを観ているわけではないけれど、『プールサイド・デイズ』’13では打って変わり、主人公の少年を支える冗談好きな“好人物”役。軽妙で的確なメンターぶりを見せる印象的なキャラを演じていた。最近作で話題の『スリー・ビルボード』’17は現時点で未見。同作で第90回アカデミー助演男優賞を受賞している。

本作ではほぼほぼ彼の一人芝居。微妙なニュアンスで“個体差”を演じ分けるなど、演技巧者ぶりを披露。

たった一人で月面採掘基地に勤務するサム・ベル。オフ・タイムには古いTVコメディを観たり、故郷の小さな町の模型を造ったり、鉢植え植物に名前を付けて話しかけたり・・・何より楽しみなのは地球で帰りを待っている妻とまだ幼い娘から送られるビデオ・メッセージ。一見、大人しい良き夫、やさしい父親らしいが・・・?

 

 

『グリーンマイル』’99_poster
『グリーンマイル』’99
『スリー・ビルボード』’17_poster
『スリー・ビルボード』’17

月面採掘基地“サラン”の運用全般をサポートするコンピュータ、“ガーティ”の音声をケヴィン・スペイシーが演じている。『ユージュアル・サスペクツ』’95、『L.A.コンフィデンシャル』’97、『アメリカン・ビューティー』’99などなど素晴らしい実績を残しているだけに、昨年’17に暴露された過去のセクハラ事件は残念。再起はなるのか?

 

『スターウォーズ』のようなスペース・オペラも含め、本作のようなSF映画(最近の言葉で言うと“Sci-Fi”?)も、物語の中心は“主人公”である。主人公が直面する問題を、事象的にも精神的にもどのように克服していくのかがストーリーの核。その克服すべき問題・テーマを明確に提示するための背景として、架空の未来世界や科学設定が創出される。背景設定が先に考案されたとしても、物語内の問題を克服する主体は主人公なのに変わりは無い。(もちろん主人公や語り部が、傍観者・第三者的観察者な場合もあるけれど)

例えばドゥニ・ヴィルヌーヴ監督『メッセージ』’16では、背景設定の核となるタイムパラドックスと正々堂々真正面から向き合うばかりか、それを逆手にとって観客をねじ伏せてみせた物語(あの作品で特筆すべきは、何気に並行宇宙の存在を完全否定していることかもしれない)。異種言語理解の何故?とか、どうやって?という理屈の前に、主人公自身が最終的に置かれた立場にどう向き合い、どう対処したのか。それを観ている我々観客は何を感じ、どう考えるのかが問われる作品だったと思う。

なので、本作においても細かい瑕疵を云々したくはないし、するつもりもない・・・主人公サム・ベルがどのように考え、行動し、問題の解決を図るのかが問題であって、それを我々観客がどう受け止め、感じ、考えるのかが第一義・・・なのだが、どうしても「・・・ガーティ、なんでぇ?」と言いたくなるシーンがある。SF映画で往々にして表出する問題。AIに与えられる“人格”、“人間性”に関連する描写だ。先に書いておくけど、私はSFにおいてAIへ付加される“人格・人間性”を否定するつもりは毛頭“無い”。多少盛って付加するくらいが面白いとさえ思っている。

 

 

『L.A.コンフィデンシャル』’97_poster
『L.A.コンフィデンシャル』’97
『メッセージ』’16_poster
『メッセージ』’16

TBSラジオ『伊集院光とらじおと』20180222日放送のゲストとして、数学者の新井紀子さんが出演。前段では’10年上梓された著書同様、AIについて非常に興味深い話を語っていらっしゃる。番組の中のお話しでは、

「私は数学者なのでAIなんて全然好きじゃない」「コンピュータ(AI)は徹頭徹尾“数学”でできている」「“東ロボ・プロジェクト”を引き受けたのは、AIの限界(できること・できないこと)を示すため。AIの能力を誇示するためではない」「”(人の言動などの)意味”を理解することが、数学には無い(例:太郎は花子が好き→“好き”を数学では書けない)」「“意味”を数学で書けずAIは理解できなくても、データ量の多さで近似値に近づけるかも」「正しい文法に則った150億の例文を与えると、コンピュータは統計として英語の文法を予測できる(天気予報の要領)→英文法の大学入試問題の正答を推測できる」「AI“東ロボくん”は、大学入学模試で偏差値57という好成績を出してしまった(MARCH関関同立の複数学部に合格するレベル。しかも2年連続)」「が、150億の例文をコンピュータに入れても、人との目的を持った会話は成立しない」・・・・・・などなど。(実はこの後、お話の後段で新井先生は(その独特な癒やし系アニメ声とは裏腹な)とてつもなくオッソロシ~~~~イ話しを続けるのだけど、興味のある方はご自分で探してみて。Web上のどこかにあるかも。あるいはご著書を読むべし)

このような事実を踏まえ、ぎちぎちに現実通りに作品が描かれたとする。(もちろん、手法として皆無とは言わないけれど)果たしてそこにSFあるいは物語としてどれだけの面白さがあるだろうか? 表現としてコンピュータ音声が情感を漂わせたものだとしても、意思を持たず会話にならない無目的で無味乾燥な言葉であれば、味気ないことこの上ない。

SF映画に往々にして登場するAIは人格(もしくはそれらしきもの)を与えられ、上記のような“現実”を超越したファンタジー世界のキャラクターとして登場することが多い。その解釈や描き方が作品それぞれの世界観や味わい、面白みとなっているわけで、我々観客はそれを素直に楽しめば良いのだ。

情感を含んだ意味を持つ言葉の遣り取りでなければ(たとえそれが恣意的だとしても)面白くないではないか? だから映画において多少のことで目くじら立てるようなことはしない。だってねぃ、それってゴジラ映画を観ながら「知ってる? ゴジラってこの世に実在しないんだぜー」と訳知り顔でわざわざ宣う輩が、相当なおバカに見えるのと大差ないもの、ね?

 

映画も仕事も楽しんだモン勝ちではないかしらん? 何事も楽しむためには、人としてある程度の度量が必須。だから映画を楽しむためにいろんな映画を観るようにしているし、理解できなかった事を学ぼうと努めている(つもり)。仕事だって楽しむために、どれだけの時間を捧げ続けてきていることやら。でも、そういう苦労や努力は隠してこそ。それを大袈裟に喧伝して売り物にするなんて、やはりイヤラシイ。

そうして時間やお金や、その他いろいろな制約とにらめっこしながら、限られた時間の中で観たい作品を選ぶようにしているし、最低限納得できる映画を当てる選択眼を養おうとしている。楽しみたいから学ぼうとし、あるいは研鑽する。その学びや研鑽の過程すら楽しく感じる。・・・もしそれが苦しいのであれば、単にその人にとって向いてないのかもしれない。 ・・・んが、また話しが逸れた・・・

 

 

『2001年宇宙の旅』’68_poster
『2001年宇宙の旅』’68
『サイレント・ランニング』’72_poster
『サイレント・ランニング』’72
『ショート・サーキット』’86_poster
『ショート・サーキット』’86

本作は2010年公開作品だというのに、どこか懐かしさすら覚える7080年代テイストたっぷり。SFマインドも十分くすぐってくれる愛すべき作品だ。

AI“ガーティ”の形体の落としどころも絶妙(筐体デザインは微妙~)。『2001年宇宙の旅』’68HAL9000(考えてみれば、あれもプログラム・ミスというヒューマンエラー?)のようにビルトインされたものでは、ただでさえ少ない登場人物に加えて画面として動きも表情もさらに乏しく感じられただろう。かといって『サイレント・ランニング』’72のドローンや『ショート・サーキット』’86のナンバー・ファイヴ、『スターウォーズ』のドロイドたちのように自律型であちこち動き回られると、狭い空間や主人公との住み分け、とりわけ主人公サムの“孤独感”描写が薄くなったのではなかろうか。そういう意味でも“ガーティ”の可動・移動範囲を制限した天井吊り下げ式筐体というアイデアは、絵的にも物語的にも秀逸だったと思う(感情表現をニコちゃんマークのような絵文字で多用しすぎとも思ったけど)。そのせっかくの“ガーティ”も、残念ながらある一つのシーンが強烈なノイズとなリ、喉に引っかかった魚の小骨のように最後まで残ってしまう(後述)。

 

しかし、作品全体としては非常に好感を持てる出来映え。

 

多くを語らず、事実を小出しにしながら観客に斟酌させる懐の深さと巧みさがある。

 

どう転んでも、ハッピーエンドにはなり得ない、強烈な皮肉を含む残酷な物語なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

【以下、ネタバレ御免】

 

 

 

 

 

 

 

月の裏側で発見された新エネルギー“ヘリウム3”。ルナ・インダストリー社の月面採掘基地“サラン”。現在の作業クルー1名、氏名はサム・ベル。契約期間3年。ロボット・アームを備えた天井吊り下げ式筐体のAI“ガーティ”が、採掘機器やクルーの生活など基地の運営を全般的にサポートしている。採掘基地サランでは“マーク”、“マシュー”、“ルーク”などと名付けられた複数台の巨大無人採掘機を運用・管理。その無限軌道で自走する採掘機はプログラムされたルートを移動し、走りながら月面の地表を削り、ヘリウム3を採取する(地表近くで採れるらしい)。各機で集積したヘリウム3がカプセルに充填されると、作業クルーが6輪ローバーで採掘機へ回収に赴く。採取したヘリウム3を基地から貨物輸送ポッドで地球へ向け射出、搬送する。

決められたルーティンワークを着実にこなしているサム・ベル。オフ・タイムにはランニング・マシン(SF映画によくある重力表現問題は、ここでも無視)で運動不足を回避し、昔のTVコメディ『奥様は魔女』や地球から送られるフットボール試合の録画を観戦。故郷の小さな町のジオラマをフルスクラッチで造ったり、鉢植えの観葉植物それぞれに名前を付け、水やりしながら話しかけたりと、そうやって孤独と闘っているよう。サムの普段の話し相手はAIの“ガーティ”だけ。通信衛星の故障で地球と遠距離“生”通信ができなくなって久しい。地球との連絡は、木星リンクを経由した録画ビデオの遣り取りに限られている。

3年の契約期間終了まであと2週間。独り暮らしで人目を気にしない生活を少しずつ改めようというのか、伸び放題の髪と髭を整えようとするが・・・“ガーティ”がサムを気遣う。

「“サム、どうかした? 様子が変だよ 話せば楽になるんじゃない?”」「・・・通信衛星の修理はどうなってる?」「“予定はないよ 会社での優先順位は低いみたいだ”」「俺はあと2週間で帰るけど、次の奴が気の毒だな・・・くそっ、また頭痛だ、薬をくれ」

この時サムは“ガーティ”と話しながら、腰掛けたシングルソファの肘掛けをハサミでざくざく突き刺している。単に頭痛に耐えようとしているのか、他の何かを紛らわせようとしているのか、少しいらついた口調といい、何か不穏な事が起こる予兆。

 

 

月に囚われた男_poster02

基地にいるはずの無い女性の姿を目にしてサムは驚き、給湯器の熱湯で手に火傷を負ってしまう。傷の手当てをしながら“ガーティ”が問う。「“どうして火傷を?”」「TVを見ていて、つい・・・」「“TVは消えていたよ 幻覚を見たんじゃない?”」採掘装置はもちろん、作業クルーのライフモジュールの管理もAI“ガーティ”の役割。基地全般の保守管理をするAIに、機器のオン・オフのログは誤魔化しようがない。

夜。採掘基地のベッドでうなされるサム。潜り込んでくる妻テス。“自宅のベッド”で激しく愛を交わす二人・・・という、あまりに生々しい夢で目が覚める(思わず夢精したらしい表現?)。

「“おはよう サム 火傷の具合は?”」「少し傷むけど、具合はいいよ。朝食は?」「“いつものだよ 豆に辛口ソースかける?”」「やめとくよ・・・お腹の調子が悪いんだ・・・」

サムは基地のメイン・コンソールに座り、採掘状況の報告ビデオを録画。と、それまで自分が映っていたモニタに一瞬、長髪・髭モジャの男が“ガーティ”を呼ぶ映像が映り込む。が、すぐに自分の姿がモニタに戻る。いったい何が・・・? 訝るサム。

「“マシュー”で一本満タンだ。回収に行ってくる」サムは宇宙服を装着、ローバーで採掘機“マシュー”に向かう。が、“マシュー”がまき散らす瓦礫と砂塵の中に“いるはずの無い女性”を再び目にする。気を取られたサムは運転を誤り、ローバーは“マシュー”の無限軌道に激突。“マシュー”は異常を検知して停止。ローバーの車体も傾いて止まり、気密が破られ車内から空気が漏れ始める。サムはこめかみに裂傷を負い、なんとか気密ヘルメットを被るが気を失ってしまう。

 

採掘基地の診療室ベッドで目を覚ますサム。“ガーティ”から事故が起こったと聞くが、思い出せない。“ガーティ”に促されるまま、再びまどろむサム。再び目を覚ますと、近くに“ガーティ”がいない。ベッドから降りるが、足に力が入らず上手く歩けない。通信コンソールで“ガーティ”が誰かと話している? 「“現在 正常に稼働している採掘機は2台です”」「採掘量が足りない。その2台をフル稼働させるんだ! まったく、採掘機と作業クルーが同時にダメになるなんて!」「“非常に希な状況ですが・・・”」“ガーティ”がサムに気付く。「誰と話してる?」「“通信衛星が故障してるから”生“で通信はできない 本社への報告をビデオメッセージに録画してたんだ サム まだ寝ていた方がいいよ”」「そうしよう。・・・まぶしいな、俺のサングラスは? 荷物を取ってきてくれ」「“君の部屋にあるよ”」「持ってこいってば!」

 

このログの前段で散々くさした“喉に引っかかった魚の小骨”の登場だ。

診療室を出てふらつくサムが通路の向こうから通信コンソールへ向かってくる。と、通路の角を曲がった通信コンソールでは“ガーティ”が本社の人間と“生”ビデオ通信で会議をしているのだ(サムはまだ通路側でその様子を目に出来ない)。

・・・はぁぁァん?

“ガーティ”はAI、コンピュータなのだ。たとえ地球との“生”通信が可能で、その事実を作業クルーには内緒だったとしても、本社の人間は “ガーティ”にログインしてキーボードなり音声なりで状況など知りたいことを入力すればいいだけのことではないか? それをわざわざ互いの様子をカメラで映し合って、モニタ越しに対面して話し合うぅぅっ? 続けてサムに聞きとがめられると「報告をビデオメッセージに録画していた」 ・・・あ はぁ~~~~ん? なるほどねー。ナイスボディでセクシー極まりない“ガーティ”くんは、そりゃあもう映りたがりの困ったチャンらしい。

実は初見時、このシーンで一気に冷めてしまった。ここまでなかなかイイ雰囲気で、謎を撒き散らしながら進むストーリーにうっとりしながら観ていたというのに・・・特に後述する観客を惑わす目覚めたサムへの違和感の演出など、“うわっ、そっち方面のお話しかッ!!”と期待が一気に膨らんだ直後なだけに、落胆に近い警戒感が襲ってきたのだ。“ひゃ~~~、この魚料理、チョー美味い~~・・・ぃ? ノ、ノドにホネが・・・” こんな感じ。

しかしだ、この作品自体7080年代のSF映画へのリスペクトやオマージュをもって撮られたというから、ひょっとすると当時のナンチャッテSFを模したギャグシーン? 笑いどころなの? だとすると、私には高尚すぎる笑いで付いていけなかったでござるよ。

まあ、おかげで油断ならないナンチャッテ作品かもしれないと感じて、余計に画面を注視することにもなったのだけど。

 

 

月に囚われた男_poster03

事故による障害が脳にも及んでいないか“ガーティ”の入念な検査も終わり、普通に歩き回れるようになるサム・ベル。が、エアロックへの扉が施錠されていたり、止まったままの“マシュー”を修理しようとすると、本社から「修理のために救助班を送る。大事な作業クルーを危険に晒せない。君は外へ出るな」と命令されたり、明らかにサムを外へ出さないようにしている。不審に思ったサムはちょっとした破壊工作をして“ガーティ”を欺き、宇宙服に着替え、ローバーで“マシュー”へ向かう。停止した採掘機に突っ込み傾いているローバー。その事故車のコクピットで見つけたのは、土埃を被った宇宙服を着た人間。バイザーを覆う土埃を拭うサム。そこに彼が目にしたのは、傷を負い、気を失っている“自分”の顔・・・!

基地へ戻ったサム。動かぬ自分と同じ体を抱きかかえエアロックから飛び出すと、大声で“ガーティ”を呼ぶ。「“・・・彼を診療室へ運ばないと”」「外で見つけた・・・コイツはいったい“誰”なんだ?」「“・・・サム・ベルだよ・・・ 彼を診療室へ運ぼう”」

 

クローンのお話だ。

が、実はサムがもう一人の自分を見つける前に、その答えは提示されている。

 

この作品は小道具や、背景設定を絡めた伏線や、その仕込みがなかなか細かく、且つ結構な数でちりばめられている。それらを後で大技としてドンッと回収していくタイプではなく、わりとちょこちょこ小まめに観客に拾わせて、物語の奥行き・厚みを出すタイプの作品なのだ。

しかも同時にこの作品、観客を大きく手玉に取る大きな罠まで用意している。

と、ここからサムが二人現われてややこしくなるので、このログで便宜上呼び名を付けておく。

●映画冒頭から登場している追突事故を起こした体調不良のサム・ベル → サム01

●ローバー事故後に新たに蘇生された元気なサム・ベル → サム02

観客を惑わす“罠”とは、サム01が起こす事故と、サム02が覚醒する際に聞かされる事故は“別もの”ということなのだが、これも後述。

 

先ずはサム01が起こす事故。巨大採掘機の稼働描写から。採掘機は月面の比較的浅い地表を削りながら自走している。その際に削った余分な瓦礫を宙高く撒き散らしている。事故直後に採掘機が停止しても、宙に撒かれた膨大な瓦礫土砂は、月の弱い引力によりゆっくりと降りかかることになる。走行中のローバーの狭いコクピットは空気が満たされており、ヘルメットは脱いだ状態で操縦。なので追突の衝撃でサム01はコンソールに頭を打ちつけ、こめかみなどに裂傷を負う。また、事故のダメージでコクピットの気密が破れ空気が漏れ出し、サム01はヘルメットを装着しなければならない。サムが気を失っている間にゆっくりとローバーに土砂が降りかかり、気密が破れた箇所から細かい砂塵が入り込みバイザーを覆うことになる。これら全てが、“もう一人”が見つけてバイザーを拭うと・・・という劇的な演出の仕込みになっている。

 

 

月に囚われた男_poster04

事故後、診療室で目覚めるサム。が、ここからゆっくりと観客はこの目覚めたサムに違和感を抱くことになる。事故直後のはずなのに、顔に傷が無い。機械(AI)に散髪させた後なのであちこち不揃いにピンピン跳ねていた髪が、きちんと刈り揃えられセットしたスタイルになっている。目覚めたサムは宇宙服やその下に着ていた普段着ではなく、医療用と思しきキレイなスモックを着ている。複雑な人間の着替えという作業を、AI“ガーティ”の単純な構造のロボット・アームで行えるとは思えない・・・ ・・・そもそも、どうやって事故現場から彼を救い、基地に連れ帰ったというのか・・・!! と、ここらで観客は“あちゃー、こりゃクローンだ”と気付くことになる。上手く歩けなかったのはローバー事故のショックや後遺症では無く、蘇生したばかりで筋肉自体の運動機能もまだ完全再生されていないという表現。“ガーティ”が行う知能検査も事故による脳のダメージを心配したからではなく、蘇生させたクローン=サム02が人として正常に機能しているかを診断していたのだ。・・・キチンとセットされた髪は、おそらくDNA採取時のオリジナル・サムと同じスタイルなのだろう(実際そのように再生されるものかは知らないけど、どうなんだろ?)。

歩き回れるほど体力が付いたサム02が、エアロックの封鎖と停止した状態の“マシュー”を不審に思う。ここでサム02が“ガーティ”に「気付いてたかい? “マシュー”が止まったままだよ・・・」と尋ねる。自分が基地建物内に幽閉状態にされていると気付いたサム02は、無理矢理口実を作って(可愛い破壊工作)外へ。エアロック前室のいつもの場所に宇宙服が無くて戸惑い、予備の宇宙服を着る。

 

ちなみに実際に宇宙服を装着して与圧するには相当な手間暇がかかる模様↓

『ファン!ファン!JAXA!』FAQ “船外活動の準備から終了までの概要を教えて下さい”

http://fanfun.jaxa.jp/faq/detail/210.html

 

ただ着替えるだけではダメなのね。昔の鎧兜の方が、はるかに楽そう。

 

02は外の駐車場のいつもの場所にローバーが無く、思わず辺りを見回している・・・“事故が起こった”と説明されたサム02だが、我々観客が認識している“ローバー事故”を全く知らないような振る舞いで、観ていてなんとも落ち着かない不安感。“ガーティ”がサム02に語った“事故”がローバー事故でないのなら、何を指していたのか? また謎が重なっていく。この煽り方に嬉々として嵌まってしまう。

 

「“・・・‘サム・ベル’だよ・・・”」彼がサム01を搬送中に薄々気付いていただろう事実、クローンの存在を“ガーティ”に肯定され、動転していたサム02も逆に落ち着いてくる。というか、冷静になることを強いられたようなものか。

 

 

月に囚われた男_poster05

目覚めたサム0102を見て、また幻覚を見ているのか当惑する。「“ガーティ”、俺と同じ顔をしているあいつは誰なんだ?」「“・・・‘サム・ベル’だよ・・・君はサム・ベル”」「どうなってる? 頭が変になりそうだ」「“検査しようか? 本社には君が生還したことをまだ報告してないんだ”」「生還? 報告してないって?」「“・・・君は僕が守るよ”」

なぜ“ガーティ”は本社に報告しなかったのか? “君は僕が守る”の言葉が意味する事とは? さらに謎が重なっていく・・・

 

目覚めてまだ1週間という02。なんとか歩み寄ろうとする01だが02は素っ気ない。鉢植えに話しかけながら水をやる01を見かけた02。「おまえ、独り言しゃべってるぞ・・・どれくらい居るんだ?」「もうすぐ3年」

 

02の認識では、自分はまだ赴任したばかり。しかし目の前のサム01は任期満了間近らしい。3年も経つと、自分は独り言を話すような男になるのかと不安を覚え、嫌気がさしたのだろうか。“変わった自分”を快く思わないのか、歩み寄ろうとする0102は素っ気ない。

 

体調が思わしくなかったサム01は、ローバー事故後にさらに具合が悪くなったようで、今では片足を引きずるように歩いている。クローンの存在をなかなか信じることができず、ましてや自分もクローンという可能性すら受け入れられない。すぐにカッとなる02と比べて、013年近い独り暮らしのせいか穏やかな一面を見せる。

一方、蘇生したばかりのサム02は体調も万全、元気いっぱい。01を助け出した時からクローンの存在を知り、ローバー事故後に目覚めた自分もクローンである事実に気付いている。頭に血が上りやすく、気に入らなければ相手を力でねじ伏せるのに躊躇しなさそうな雰囲気。

二人とも生まれた町や妻テスの事など、基本的な記憶・知識は共有している。が、月赴任直後に生まれたらしい娘イヴのことを02は知らない。

 

「――木星計画を延期してそちらに救助班を送ることになった。14時間後に到着予定だ・・・――」本社から送られてきたビデオメッセージ。「どうして修理に救助班を? 俺はもうすぐ地球に帰るのに?」01が訝る。「クローンに帰る場所が? 今頃テスはオリジナルのサムと一緒だぞ」02は客観的に断じてみせる。02は他にもいろいろ思い当たるフシが・・・この辺りから徐々に謎解きモードに・・・「他にもクローンがいるんだ。俺はおまえの事故直後に目覚めた。どこかに隠し部屋があるに違いない!! 会社にしてみれば新しい人員を訓練するより、スペアを交換したほうが安上がりだ!」いちいちその都度地球からクローンを搬送するよりも、現地にストックしておいた方が効率的ということ。強引な隠し部屋探しに怒った0102と喧嘩に。が、体調の悪い01は、ちょっとしたことで目鼻から激しく流血してしまう。

 

『コラテラル』’04_poster
『コラテラル』’04

01が“ガーティ”に愚痴る。「あいつは問題だ。怖い男だ。すぐキレる・・・テスの気持ちが分かったよ。言ってなかったけど、テスは俺を残して半年実家に帰ってたんだ」「“知ってる”」“ガーティ”の短い返事に何事か気付いた様子の01。だが、素知らぬ調子で話を続ける。「テスは俺に変わるチャンスをくれたんだ」「“君は変わったよ”」

クローンであるもう一人の自分自身と相対して、客観的に己を知って恐怖する・・・なかなか哲学的自虐? マイケル・マン監督『コラテラル』’04でトム・クルーズ演じる殺し屋が口にする引用の中に、“親は自分の嫌な所を子供に見つけて叱る”というような言葉があって得心したものだ。が、こちらはより直接的でパンチの効いた皮肉めいていて面白い。

また、ビデオメッセージでテスが話していた不可解な言葉、“いろんな意味でよかったと思うの、お互いに・・・やだ、悪気は無いのよ”や、“3年は長すぎるけど、私たちには考える時間が必要だったのよ”が意味する夫婦の関係が明かされる。テスは暴力的な夫サムと距離を置き、彼が変わるチャンスとして月面採掘基地勤務を選択させたようなのだ。

 

サム01はテスとのビデオメッセージの遣り取りについてその真偽を問うが、「“基地のことしか わからない”」と惚ける“ガーティ”。01は思い切って核心を突く。

「“ガーティ”、俺は本当にクローンなのか?」

作業クルーを守るプログラムが優先してなのか、“ガーティ”は真実を明かす。01の記憶では最初に基地到着時にクラッシュして診療室で目を覚まし、後遺症などの経過検査をしていたが、実際にはクラッシュは無かった。01は月で蘇生され、検査は複製時に起こるDNA異常を調べていたという。『ルパン三世 ルパンVS複製人間』’78でマモーの「コピーも回数を重ねると像がぼやけてくる」という同じ問題を調べていたよう。記憶はオリジナルのサムから移植されたもの。・・・真実を知り、打ちひしがれるサム01

 

サム02が目覚めたときに“ガーティ”が説明する“事故”とはローバー事故ではなく、この到着時クラッシュを指していたのだ。AIにしてみれば同じシナリオの流用。だから当初02はローバー事故を知らず・・・という事だったのだ。同じ単語による異なる事象のすり替えで、観客をミステリとサスペンスに惑わせる語り口。お見事。

 

 

『カミーユ、恋はふたたび』’12_poster
『カミーユ、恋はふたたび』’12

カッとなって暴力を振るった事を01に謝罪する02は、以前から抱いている疑念を相談する。01を見つけたのは自分が基地に監禁状態だった。会社は自分たちクローン同士が会うことは想定してない。目覚めてすぐの頃に診療室を抜け出すと、“ガーティ”が会社の連中と“生”通信していた。通信衛星の故障はウソ。通信妨害の形跡が基地に無いのなら・・・二人は2台のローバーに分乗し、通信妨害の原因を探しに出る。二人は採掘エリア外のそれぞれ違う地点で通信妨害をしている電波塔を発見。体調が思わしくない01は吐血して基地へ戻り、02はさらに探索を続ける。

 

0201に謝罪する際、黄色いモコモコしたマシュマロマンのようなビニールスーツを着ている。おそらく笑いどころで何かのパロディなのだろうけど、悔しい哉、元ネタが分からない。また、この時01はイジワルして83年リリースのポップ・ロック、Katrina & The Wavesの『Walking On Sunshine』を大音量でかけ邪魔をする。この曲、当時の軽いノリを絶妙に体現しているのか、フランスのコメディ『カミーユ、恋はふたたび』’12でも印象的に使われていた(夫に捨てられた40代の主人公、目が覚めると16歳だった1985年にタイムスリップ。しかし、見た目は40代のままなのに、周りのみんなには16歳に見えている。人生やり直すつもりが、また夫となる同じ男と出会ってしまい・・・と、ちょっと切なくほろ苦いコメディ・ファンタジー。当時の曲満載で、この作品も楽しめた)。

 

基地へ戻ったサム01は自分の身体が朽ちていくのを実感する。妨害電波塔が実在することで、02の憶測を認めざるを得ない・・・ということは自分の前にもクローンがいたはず。01はメイン・コンソールで過去ログを探し、別のクローンが残したいくつものビデオログを見つける。そのクローン・サムはいずれも自分と同じように体調不良を訴えながら、契約期間最終日に地球への帰還ポッドへ。地球到着までポッドで低温睡眠されるというが・・・クローン・サムがポッドに横になり蓋が閉じると、その覗き窓に強烈な閃光が走り・・・ビデオログは終わっている。何が起こったのか? 01が帰還ポッドを調べると底に小さなノズルが付いており、そこから僅かに床にこぼれているのは・・・煤?

 

さらに帰還ポッドの床下に、大きな空間があることに気付く。他の妨害電波塔も発見し戻った02と共に地下へ。地下室は細長く延々と続く倉庫となっており、その壁一面を覆っている抽斗には蘇生前のクローン・サムが横たわっている。「なんてこった・・・なぜこんな数を?」いつも強気な02の声もかすれる。数え切れないほどの眠れるクローン・・・自分の前に存在したクローンたちが残したビデオログの“数々”・・・01はあることに気付き、小型長距離通信機を抱えてローバーへ。背後で02が“ガーティ”に尋ねている。「どうしてパスワードを教えてくれた? 規定違反じゃ?」「“お手伝いが僕の仕事だからね”」

 

過去ログ探しの際、01がログインしようとすると、パスワードが違ってアクセス拒否される。モニタには“SAM BELL 3 YEAR CONTRACT LOG”、続く日付と思しき項目の下に“RESTRICTED – PASSWORD REQUIRED”と表示され、閲覧制限されている。すると“ガーティ”が背後からそっと現われ、何も言わずにロボット・アームでパスワードをキーボード入力してくれる。先のビデオ会議ほどではないけれど、ここも少々不自然には感じたのも確か。“ガーティ”は基地全般の運用・保守管理もしているわけだから基地のシステムとは一体で、分離独立したコンピュータではないはず。サム01のログインを認めるのであれば、わざわざロボット・アームを使ってキーボード入力しなくていいのでは? 例えば01がログインできず困っていると、モニタに“・・・内緒だよ”と文字が現われ、パスワード欄にアスタリスクがサッと並び、入力されたことを示してログイン。01が振り返るといつの間にか“ガーティ”の筐体が傍にいて、その小さなモニタの顔文字がウインクする・・・とか。ロボット・アームを使った方が、絵的には面白いけれど・・・

 

 

月に囚われた男_poster06

電波妨害塔を通り過ぎて長距離通信が可能になると、サム01は地球の自宅へビデオ通話をかける。モニタに出るのはティーンの女の子。車内が暗くてこちらサム01の様子はよく見えないようだ。「・・・母は数年前に亡くなりました・・・私は娘です・・・15歳になりますけど・・・どちら様? あ、パパ、ママのことで電話が入ってるの・・・」画面の外の男の声が聞こえ、ギョッとして通話を切るサム01

 

地下倉庫で目にした膨大な数のクローン。何本か目にした過去のクローンのログ。“3年”契約・・・果たして今まで何人のクローンが蘇生されたのか? 自分が移植された記憶の時代から、実際にはどれだけの時間が経過したというのか? サム01はそれを確かめなければならなかったのだ。

 

推測されるサランのクローン“サム・ベル”誕生の経緯。オリジナル・サムは月面勤務契約満了後、会社のクローン計画に協力(あるいは赴任前に既に協力していたのかも)。自分のクローン製造を認め、月面勤務に必要な作業知識及びプライベートの記憶の一部を提供する。おそらくこのクローンに関する新たな契約で、オリジナル・サムは莫大な資産、何不自由ない暮らしを保証されたのではなかろうか。妻テスのビデオメッセージは、オリジナル・サムがサラン採掘基地赴任中、実際に受け取ったもの。それを“ガーティ”が適時クローン・サムに流用していたのだ。

 

自分に移植された記憶から既に12年の月日が流れ、愛する妻は亡くなっていた。3歳までビデオメッセージで成長を見てきた娘も、もう15歳。01はうっかりスイートハートと呼んでしまい、イヴに訝られてしまう。そして娘の呼びかけに答える父親の声・・・オリジナル・サムがそこにいる。そしてサム01は恐ろしい真実に打ちのめされる。

「もうたくさんだ! ・・・帰りたい・・・」

だが、彼はどこに帰れるというのか?

ローバーで独り号泣するサム01を、月の地平の上、地球が見つめている。

よくある構図の単純な絵面なのだけど、物語を紡ぐモンタージュの魔力で、強烈に心揺さぶる“絵”として刻み込まれる。

 

「救助班の連中が俺たち2人を見たら、きっと生かしちゃおかない・・・だろ?」基地に戻った0102に質す(そう言えば救助班3人の顔写真が、みんな荒事得意で怖そうな面構え)。02は急激に弱っていく01を訝しがりながらも頷く。01を休ませると、彼がローバーに持ち出した通信機のログから02も“時”の真実を知る。一計を案じる02

「“ガーティ”、もう一人クローンを起こしてくれ。でないと俺たち殺されてしまう」

 

事故車に遺体がないと救助班に疑われる。新たなクローンを蘇生し、目覚める前に殺害して事故車に遺棄。その間、3年務めた01はヘリウム3の輸送ポッドで地球へ。02は素知らぬ顔で月基地勤務を続ける・・・02のアイデアを賞賛するものの、同意はしない01。「俺たちに人は殺せないよ。・・・俺はもう脚も動かない。地球へはお前が帰れ」

事故現場に到着した二人は、しばしテスとの出会いを語り合う。共有している同じ恋の思い出、愛の記憶・・・ふと見やると、01は穏やかに気を失っている。自分と同じ姿の傷ついた人間を、事故車に静かに横たえるサム02。さすがの彼も胸が痛む。サングラスをかけたのは太陽が眩しかったせいか、それとも涙を隠すため?

 

救助班の到着まで時間が無い。基地へ戻った02は大忙し。“ガーティ”が記録しているサム02に関するデータを全消去。自分を乗せた輸送ポッド発射後に再起動するようセットする。また、稼働している採掘機の進路に電波妨害塔の座標を入力。

救助班、到着。

間一髪、サム02を乗せた輸送ポッド発射。

地球へ向け高速で飛翔する輸送ポッドを事故車で見送りながら、サム01は息絶える。

 

 

   ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

『アイランド』’05_poster
『アイランド』’05

自己犠牲という感動的なラスト? 果たしてそうだろうか?

サム・ベルとはどういう人物だったろう。

短気で、怒りっぽく、キレやすい。気に入らなければちょっとした暴力なら振るいかねない。そういう独善的な性向ではなかったか? サム013年の孤独な独り暮らしという修行を経て、ようやくあれだけ穏やかで、大切な人を真に愛しく思えるように“変わった”のではないか? サム02は、修行を終えてない。まだ“変わってない”のだ。

喧嘩流血騒ぎなど、01の身体の異変には02も早くから気付いていた。事故のせいなのか原因は分からないものの、顔を合わせる度に様態が悪化しているのは明らか。02は新しいクローンを殺して身代わりにするアイデアを語った時、既に自分が地球へ帰るつもりでいたに違いない。事故車に横たわるのは事故を起こした本人01で当然、とさえ思っていたかも。しかし、後に01が言うように、02も人殺しはできない。02は診療室で蘇生中の新しいクローンを見つめながら、やや気遣わしげに01をちらちら窺っている。01が自分から犠牲になって事故車に残ると言い出すのを待っていたのだ。そして、どうやら01もそれを察していて、

“まったく、しょうが無い奴(俺)だな”

と、小さく頭を振っている。複製時点で多少DNAに違いが生じているかもしれないが、基本は同じ人間、経験値が違うだけの“サム・ベル”なのだ。0102も、互いに自分ならどう考えるか、分かっていたのかもしれない。

そうして02は地球へ向かいながら、激しく揺れるポッドの中で快哉を叫ぶのだ。

 

01は体調を崩し、吐血し、奥歯が抜け、自分の身体が朽ちていくのを実感する。そして過去のクローンのビデオログで、任期満了を前に皆体調不良を訴えていたことを知り、クローンの寿命が蘇生から3年であることを察したに違いない。おそらく各個体が朽ちて息絶える前に、帰還ポッドという名の焼却炉で処分されたであろうことも。01は自分の余命が残り少ないことを知っていた。事故車には自分が残るべきと、01も考えていたことに違いはない。

が、一方の02は蘇生されたばかりで体調も万全。過去のクローンのビデオログも目にしていない。02は自分の寿命が3年であることを知らないのだ。01もその事実は語っていない。02にクローンの寿命を教えなかったのは、01の静かで痛烈な意趣返し? いや、ここは単に、02に短い生を謳歌してほしかったと捉えたい。

 

02と喧嘩して打ちのめされた01が、「あいつは問題だ。怖い奴だ。すぐキレる」と恐れる。自分から離れていった妻の気持ちが分かったとさえ言う。

あれ? ひょっとしてコレって、

自分と相対し、自分を恐れ、自分が嫌になり、どうしようもなくて、月に引き籠もり、のお話?

ははは、これはちょいと穿ちすぎ。

 

クローンにも人格があり、感情があり、思考ができるという事を、ルナ・インダストリー社もオリジナル・サムもどう考えていたのだろう? 手にする利益の前には、遠い月世界の些細なこと? クローンの非人道的利用を描く作品に、マイケル・ベイ監督『アイランド』’05があったけど、パーソナルでより細やかな演出や、演者の力量では本作の方が好み。

 

サム02が地球にたどり着き、クローン人間の存在が明るみとなり、ルナ・インダストリー社の株価は大暴落。サム02は委員会に呼ばれ・・・

 

「どうせ奴はイカれ野郎か不法入国者だ! 捕まえるべきだね!」

 

ラジオ番組の“町の声”電話インタビューのような音声で映画は終わる。

 

異物と見なして排斥しても、それで片が付くわけではないのに。

 

この声の主が、オリジナル・サムでないことを祈るばかり。

 

 

 

 

月に囚われた男_poster_jp